『プリズム』

 

空は高く、風は凪いでいた。
そこにはただ、柔らかな春の陽射しと静寂だけが満ちている。

イベルタルは草の上に翼を広げ、佇むゼルネアスを背後からじっと見上げていた。
彼女の角が受け止めた陽光は、プリズムのように拡散し、鮮やかな虹光となってあふれ出すように周囲を染め上げている。
視界を埋め尽くす色彩の粒が静かに舞うなか、彼はその夢のような輝きに見惚れていた。

「ゼルネアスさん、見て。周りがキラキラしてる」

弾んだ無垢な声に、ゼルネアスは振り返ることもなく、淡々とした冷たい響きで返す。

「光の屈折です。さほど珍しいことではありません。少しは静かにしたらどうです?」

たしなめられても、イベルタルは満足そうだった。
彼は嬉しそうに笑い、翼で包むように体を丸めると、彼女の言いつけを守るように、その場でじっとしている。

やがて、ゼルネアスが無造作に歩み寄り、彼のすぐ隣へ腰を下ろした。
彼に寄り添うためではなく、ただ休息の場所としてそこを選んだだけの様にも見える、どこまでも事務的な動作。
すぐ側から、淡く、それでいて気高い花のよい香りがする。

「ゼルネアスさん。お隣だね」

「わたくしが座る場所に、たまたま貴方がいただけです」

突き放すような物言いだったが、イベルタルはニコニコしたまま、ふかふかとした自分の羽毛に首を沈めた。
そのまま、心地よい微睡みの中へ、とろけるように身を任せていく。

「おれ、しあわせだよ」

その無防備な呟きに、ゼルネアスは小さく吐息をついた。

「……こんな時間に眠るだなんて。
まるで赤子ですね」

呆れたようなその言葉さえ、彼にとっては心地よい子守唄だった。
イベルタルは微睡みのなかで、深く瞼を閉じる。

「……おやすみ、ゼルネアスさん」

最後まで、彼女の声に甘さが混じることはなかったが、
その「いつもの声」がそこにあることが、イベルタルにとっては何よりの安らぎだった。

すぐそばにある彼女の体温を感じながら、彼は鮮やかな虹の余韻に包まれて、深い眠りへと落ちていった。